ピアノの思い出

私がピアノの習い始めたのは小学校に入学する少し前だったと思う。1年生になってからすぐの夏に発表会があり、「ロングロングアゴー」と「人魚の歌」を弾いた。今思うのだが、先生はどういう指導をされていたのだろう???数ヶ月で両手で、しかも左手はヘ音記号を弾いている。私はきちんと楽譜を読めていたのだろうか。8分の6拍子を理解していたのだろうか。いろいろな疑問が湧きあがる。私だったら・・・・そこまで生徒を弾けるように出来るだろうか・・・難しいな・・・


先生自身も大変な勉強家でいらして遠くまでレッスンを受けに行かれていたようだった。レッスンの話は幼い自分にも興味深かった。「先生はロシア人で時間にすごく厳しいの。レッスンの時間にはね、絶対に遅れていってはいけないのよ。」みたいなお話も「へぇ!!!そうなんだ!!!」なんて思って聞いていた。

発表会は2年に1回。半年くらい掛けて2曲くらい丁寧に仕上げ、弾く。持ち時間は小学生の時でも10分くらいもあった気がする。中・高校生になると10分では足りず15分くらい弾かせて頂けたような。。。
そして全員の生徒さんが皆きちんと、勿論暗譜で、弾けていた。当時それが当たり前だと思っていたが、そういう発表会は実は少ないのだと大人になってから気が付いた。
生徒が途中で止まって先生が舞台に登場・・・なんてことは一度も無かった。
そして、先生と連弾というのも、無かったなぁ。先生の方針だったのだろうか。皆一人で舞台に出て来て2曲くらいをしっかりと弾いていた。
マナーに関してもきちんと指導が行き届いていたので会場で騒ぐ子も居なかったし、自分の出番が終わったらさっさと帰る人も居なかった。
他の人の演奏を、みなきちんと聞いていた。

というのは、結構驚きなくらい素晴らしい発表会ですよ!!!
いろいろな発表会を見て来たが、この先生以上の発表会はまだお目にかかったことはない。


そして、先生ご自身も必ず1曲演奏されていた。先生はいつも真剣に、決して手を抜いた演奏などはせず、演奏されていた。子供の私にもそれはよく分かった。
先生の教室への姿勢と演奏への姿勢。これは必ずイコールになる。
私も心して自分の勉強をせねば・・・と思うのだ。

そんな素晴らしい先生だったので、先生のお子様も成長し、今は立派なピアニストとしてご活躍されている。

最初のピアノの先生に恵まれ、次いでフルートの先生にも恵まれた。「こうはなりたくない・・・」と思わせる先生には一人も出会わなかった。
自分は、この師たちのように生きているだろうか・・・
先生に出会えてよかった!と思ってもらえる先生になりたいものである。